大人が学ぶ時(大人の学び)

学生までの勉強と大人の勉強(学び)は違うと言われます。成長期と自立期、人によって差はあるとは思いますが、大人の学びの本質的な所を整理してみたいと思います。

マルカム・ノールズという学者によると、大人にとっての学びは、次のように整理出来るということです。この考えは、アンドラゴジーと呼ばれています。
 ① 自己決定的
 ② 経験の上に学ぶ
 ③ 社会的課題、役割が前提になる
 ④ 問題解決、課題解決
 ⑤ 動機付けは自尊心、自己実現

自分の経験、考えていることからそれぞれの項目を考察してみます。

① 自己決定的

自分がその気にならなければ、学ぼうとしない、ということです。
いくら学習の場を与えられても、それを押し付けと感じたり、自からがその機会を活かそうと思わない限りは、学びは始まりません。
また、いくら学習を提供した側が、「気づき」を与えようとしても大人の学習者は、相手が「気づき」を与えようとしていることには気づくが、本当の意味での自らの「気づき」は与えられないということだそうです。
「気づき」は自分で自分に与えるしかないということです。自責ということですね。

② 経験の上に学ぶ

大人にとっての学びは、基本的には、新しいことを知識として取り込むのではなく、それまでの自分の経験や知識に重ね合わせ、有機的に結び付けていくということです。
もちろん下敷きとなる経験や知識が乏しければ、新たなこととして勉強し吸収していく必要はあります。自分が知っているか、知らないことかという判断は、自らの経験を客観的に振り返れるかによってくるものだと思います。

③ 社会的課題、役割が前提(背景)になる

社会的にという部分が人によってかなり変わってくると思いますが、自分に対して理由づけが必要ということでしょうか。
大人になると、個人としてはもうたっぷり学んだ(学ばされた)、出来れば勉強はごめんだという潜在意識が働くので、大義名分が必要になってくるのです。
ただ、今の大きな変化の時代では、そのような意識がなくても必要に応じて学ぶ気持ちになるのかもしれませんが、自分を越えた課題であるほど、動機になるというのこともあるでしょう。

④ 問題解決、課題解決

社会的であろうと、自分自身の個々の課題であろうと、その問題がこれまでの知識や経験だけでは解決できない、ということに気づけば、その問題を解決するために積極的に学ぼうとするでしょう。問題意識が高ければ、気づきも得やすいものです。

⑤ 動機付けは自尊心、自己実現

これは、「マズローの5段階欲求説」そのものです。学びたいということは、高い次元の欲求だということです。
逆に、下位の欲求が満たされていないと、学ぼうという気持ちが生じにくいということになるのかもしれなません。(マズローについては別の場所で説明します)
これらのことを理解していないと、いつまでたっても、学べない人間のままということになってしまうかもしれません。
学ぶことは自責です。「学ぶ機会がない」「きちんと教えてくれない」「そんなことはわかっていると」言っているうちは、決して学べないということです。